
TXQ FICTION第三弾。テレビ東京にて、放送された『魔法少女山田』の最終回・第三夜についての感想です。
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前回までの感想
(以下、ネタバレ注意です)
今年一番の後味の悪さ
「唄うと死ぬ歌」の謎をテーマに放送された、フェイク・ドキュメンタリー・ホラー作品『魔法少女山田』。昨日深夜がその最終回でした。
都合上リアタイするのは厳しいため、朝から起きて視聴したんですが、はっきり言って、もう、最悪でした。この感情。まあでも、夜見たら多分寝られなくなっていたと思うから、ある意味朝見て正解だった。それくらいの衝撃だった第三夜でした。
第三夜は真相編といったところで、初回から登場していた貝塚さんの証言と映像を中心に、この歌、および魔法少女おじさんにまつわる真相が明らかになっていきます。
劇中作『魔法少女おじさん』の監督である三田と接触する貝塚さん。明らかに映画内の彼女と顔が変わっていて困惑するも、時系列的に10年以上の時が経っているということになるため、これはそういう配役の問題か。まあただしかし、昨今の特殊メイク事情なんかも考えると、あえてここで配役を変えるのも違和感。
そんなモヤモヤを抱えさせられつつ、徐々に明らかになっていく真実。山田のその後の足取り。貝塚さんと萌花さん(第一夜で魔法少女を恐れていた女性)の共通点。そして、山田の死の真相。冒頭では心不全とされていたそれが、そうではないと確信する貝塚さんの姿を見て、視聴者の自分もそう思わされます。
「ドキュメンタリー映画として公開してもいいですか?」という正気を疑うセリフの後、突如始まるエンドロール。ここで、今まで3回に渡って見させられていたものが、三田愛子による『魔法少女おじさん ~第2章~』であったことが発覚。フェイク・ドキュメンタリーを見させられていたと思ったら、さらにその中で別のドキュメンタリー映画を見させられていたという構図。完全にしてやられました。
そして、最後に待ち受ける、最悪の映像。防犯カメラをハンディカムで撮影したであろうブレた映像。そこに映る、子どもたちのいる教室に入っていく魔法少女。「今日はとっても大事な授業をします。私の最後の授業です」と、山田の声。そして流れるあの歌。ラジオ番組で流れたあの音声。映像は変わらないまま終幕。
もうね、最悪ですよ。最初に聞いたときは、「唄うと死ぬ」という情報と、途中から急に減っていく子どもたちの声に、「子どもたちが倒れていっている」と思いこんでました。そうじゃなかった。唄ってる山田が自害したんでしょう。その事実に気づくと、あの音声のすべてが腑に落ちる。殆どの子供は何かが起きたと思って唄うのを辞めて、でも一部の子は何が起きたかもわからず、流れる音に合わせて歌い続けていて……。
なぜその歌がわすれられないのか。なぜ萌花さんは魔法少女を恐怖し、なにかを思い出した後も口をつぐんだのか。
第二夜を見ていると、失敗を続け、どん底に落ち、そしてさらに三田にも追い込まれ逃げることすら許されなかった山田が、このような結末をたどるのは納得感があり、だからこそ最悪の余韻を味わわされているというわけです。
あまりにも、あまりにも性格が悪い。褒め言葉ですがね。
残された謎
今回も、きっちり謎を残して、曖昧な部分を残しています。考察勢は大喜びでしょう(笑)
色々と気になるところはありますが、最大の謎は「この歌をラジオ番組に投稿したりして広めた人物は誰だったのか」というところ。
時系列を整理している人が多々いらっしゃるので、細かいところは言及を避けますが、作中の情報によれば山田が死んだのが2010年9月、インターネット上にこの歌が出回り始めたというのが2010年頃。ちなみに、ロフトプラスワンで行われた魔法少女おじさん追悼会が2011年4月らしいんですよ。
普通に考えると、まずもって一番あやしいのが三田愛子ですよね。監督として、自分の作品を売り出すための宣伝材料で使ってる説。でも、それにしては回りくどいし、そもそもコレってかなり諸刃の剣な気がするんですよね。
まあ、三田はかなりイービルな存在として本作で描かれているため、そのあたりの分別がつかないという意味なのかもしれませんが、少なくとも2011年4月のイベントのときには音源を流したときに、そういう曰くのある歌であるという扱いはしていないわけですし、彼女がばらまいたというところはちょっと想像しにくい。
ただ一方で、最終的に第二章にしたてあげるという点で、本当に狡猾というか、「汚い」印象が強い人物でもあるため、やっぱり彼女がすべての黒幕というのも考えられる。
別の考えで、山田自身がその音声を、世間に残せるように細工していたという可能性もまあ考えられなくはないかなと思います。
現実的にはかなり難しいですが、彼がインターネット生配信に通じていたことなどから、技術的には不可能ではないかなというライン。
あとは、やはり捨てきれないのが第三者の説。
特に、今回の貝塚さんの証言で、彼に例の映像を提供した人物がいることが示唆されていたり、インターネットにあの歌と魔法少女に関する小説を投稿している人物がいたりと、魔法少女おじさんに何かしらの形で関わりを見出している人物がいることは明らかなんですよね。
それはもしかしたら、あの教室にいた児童がおとなになって、あのときの記憶が強烈に残っているだけなのかもしれないし、魔法少女おじさん第一作を見て、山田に心酔した人物だったのかもしれない。まあ児童の場合は、2010年時点でインターネットにそれを流すことはできないわけですから、その部分は少なくとも別の人物の仕業なんでしょうが(笑)
そんなところで、やはり最有力なのは三田愛子の自作自演で、すべて自分の映画を盛り上げるために仕立てたもの。なんなら、今回の貝塚さん周りで暗躍しているのも三田愛子で、別の人物に成り代わって映像を提供したりしている……というのが一番シンプルな考えのような気がします。
たださらに怪しんでいくと、じゃあその三田愛子という人物そのものの実在性みたいなところが気になってきて、そこであの「配役の問題」が浮上してくるんですよね。今回、明らかに違和感だった彼女の配役。これが果たして、メタ的な事情なのか、それとも意図があるのか……。
それがもし何か意図があるものなんだとしたら、この三田の後ろに更にもう一人別の人物がいることに。まあちょっと陰謀論みたいになっちゃいますけどね(笑) というわけで、結局はわからないよね、というところでこの話はここまでにしておきます。
山田の最後の授業
すっかり置いてけぼりになってましたが、山田はあの最後の授業を、どういう意図で行ったのかもちょっと謎なんですよね。
ずっと空回りで失敗ばかりではありましたが、少なくとも子どもたちを害するという決定はなかなか取りそうにない人物だっただけに、それがかなりショックでした。
それだけ彼が追い込まれていて、あれが彼なりの、この世界への「復讐」なのかな、とも思うんですが、一方で彼が子どもたちにかける声は朗らかではあるんですよね。
「今日はとっても大事な授業をします。 私の最後の授業です。 みんないつものお歌を歌いましょう」
ハイ!と返事する子供の声もあって、やっぱりそれなりに信頼を築いていたんだろうなと思わされます。
逃げちゃだめだよ 負けちゃだめだよ
うつむかないで 泣かないで
悔しい気持ちが きらきら光る
それは未来の 勇気のかけら
夢は待ってる 立ち止まらないで
羽を広げいま 飛び立とう
まっすぐ生きて まっすぐ進め
誇れる自分で 輝こう
それが本当の 魔法さ
この歌で、子どもたちに伝えたかった「大事な授業」とはなんだったのか(というか、飛び立とう、でほんとに飛び立ったんですか? 悪趣味すぎますね笑)。
無理やり解釈すると、逃げたり、負けたりし続けると、こうなるぞという「反面教師」としての授業だったんじゃないかと思います。
第二夜で、実は山田が子どもたちのことを恐れているという証言があったり、熱心に授業や、大事なことを説いても上手く聞いてもらえなかったという経験があったり。あの時は小学生相手でしたが、幼稚園児相手となると、そりゃあもう話なんて通じないことのほうが殆どでしょう。
もう生きていられない、死ぬしかない。そう思い至った山田が、最後に子どもたちに伝えられるもの。それが、自分のその姿。逃げて、負けて、うつむいて、泣いて。最終的に待っていた末路を子どもたちに見せつけて、こうなるなよ、と。
いや、やっぱりあまりにも最悪の授業ですね。いくらなんでも、そんな考えに至る時点で、やっぱり教師失格ですよ。
結局これも彼の真意はわかることはないわけですが、あまりにも不器用な彼なら取るかもしれない選択肢の一つでは確かにありつつ、でも、あんな熱心だった彼が選ぶとは考えられない選択肢の一つでもあるのでした。
まとめ
もう本当に、心が沈んだ作品になりました。第二回まで「今回はあっさりだな」とか思ってたんですよ。不気味ではありつつも、ちょっと「悲しい」とか「痛々しい」が強い作品かな、と。
最終回でここまで叩き落されるとは思いもしませんでした。もうあっぱれ。
第一夜の自分の感想見たらね、『「唄うと死ぬ歌」怖すぎワロタ』とか書いてるんですよ。バカ!わろとるばあいか!ですよ。
まあしかし、この手のシリーズで鬼門的な面もある第三弾でしたが、想像以上の作品でした。
是非、メンタル状態が調子の良いときに見てほしいですね(笑)