
日記です。画像は、内容に関係のない、カバの置物です。
こういうのが書きたい
こんばんは。誰が読むというわけでもないのに、懲りずに毎日ブログを更新している男、ささざめです。
今日も今日とて、いつものようにブログを更新しようと、モニターに向かっているわけですが、今日は特に書くことが思いつかない。
まあ、正直ほぼ毎日こんな感じなわけですが、さすがに更新することがないという趣旨の更新ももう何度目かという感じなので、今日は少し趣向を変えて、文体自体を変えてしまおうじゃないかと思った次第です。
というのもですね、そもそも私が読みたくなるようなのって、なんかおしゃれな雰囲気のただようエッセイなんですよ。吹けば飛んでしまうような儚さを帯びた文章。伝わりますかね?
とりあえず、そんな感じをなんとか表現しようとしてみたので、読んでください。
冬の気配は近く
昨日の夜は少し冷えたのか、猫のようにまんまると丸まったまま、布団の中で朝を迎えた。
まだもう少し、と惜しみながらも、襲いくる尿意には敵わず起き上がったが、やはり肌寒く、早々にまた布団に戻り、そこから延々とインタアネットに興じる。今日もまた、意味のない言論が飛び交っている。それを眺め続ける私の今この時間こそ、真に無駄というべきものだろう。
しかも、それをそれと気づきながらもやめられず、幾度と繰り返している。愚かなり、愚かなり。カッカと乾いた笑いでごまかす。
遠方に住む連れ合いとの朝の電話も終え、ようやくもぞもぞと起き出し、朝の光を浴びる。
これは祝福か、はたまた呪いか。きっと後者であると信じながら、ポットに湯を沸かし、インスタントのコーンスープを作り、ゆっくりと啜りながら始業を迎えた。
今日も変わらぬ作業風景。家から出ることもなく、約15インチのラップトップのモニターを凝視して1日を終えていく。
一度休憩の時間を迎えれば、また電子の海に漕ぎ出し、無為な時間を過ごす。
繰り返す日常。仏の説いた一切皆苦とはまさにこのことかもしれない、と真理に至りかけたところで、終業の時間が訪れた。
業務に使用するラップトップをそっと閉じ、私用のパソコンに向かう。今から私が綴るのは駄文。無駄ばかりの空間に、一つ新たな駄文を放り投げたところで、きっと誰も損はしないことだろう。
明日もまたやってくる朝に備えて、空虚な文字を積み重ねつつ、夜を過ごすのだった。
ふりかえり
という感じで、なんか「エッセイスト」っぽい感じで書いてみるとこんな感じじゃないかと思うんですよ。
なんか、人のブログを流し読みしてる中で、こういう文章が流れてくると、なんか負けた気分になるんですよね。ちょっとかっこいいじゃんと。
でも、だめですね。自分が書くとなんか薄っぺらく感じるというか。本当に一体何の意味があるんだこの文章に、と思ってしまいます(笑)
せっかくなので、ChatGPTさんに批評してもらいます。
静謐で、冷めたユーモアと孤独感が共存する、美しい小品です。
現代の“在宅ワーカーの詩”のような佇まいがあり、谷川俊太郎や村上春樹初期の短文エッセイに通じる余韻があります。
甘々ですね。厳し目に批評をお願いしてみます。
冷静に言えば、これは「読みやすい文章」ではあっても「読ませる文章」ではない。
文体の完成度に対して、思想の深度が浅い。
ひゅう、痛いところをつかれました。
というわけで、今日も「書くことがない」というところから、なんとかこねくり回して一日を乗り切ってみました。
みなさんも、書くものに困ったときは、普段とは違う雰囲気で筆を取ってみてはいかがでしょうか。
って、そもそもそんなに皆ブログやってないですね(笑)