
あんまり毎日仕事のぐちばっかり書いていてもしょうがないので、プチエッセイです。
為さずに成したいお年頃
おじさんがよく言う名言ランキングを取ったら、一位は「おもしろき こともなきよを おもしろく」だと思うんですが、八位くらいに入ってくるのが「なせばなるなさねばならぬ何事もならぬは人のなさぬなりけり」だと思うんですよね。
これって同義語がいっぱいありますよね。某発明家の「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」とか某会長の「成功した者は皆すべからく努力しておる」とか。(前者は、実際はひらめきって大事だよねっていう話らしいですが)
まあ要するに、「ちゃんとやれよ」と。
努力っていう言葉は簡単だし曖昧だからあれだけど、結局この辺の言葉がみんな言ってるのって、「やらなきゃ始まらないよ」みたいなことだと思うんですよ。
実際それって正しいと思うし、そういう言葉が人を奮い立たせることが多いのも事実だとは思うし、シチュエーションと誰が言うかで価値がぐっと高まるから、決して無駄ではないと思うんだけど、じゃあいざ例えば知らないおじさんからこの言葉を言われたとして、どう思うか。
はぁ?ですよ。
んなもん知っとるわいと、思ってしまうでしょう。皆すべからく(誤用)思いますよ。
やろうやろうと思っても、やれないのが人だし、易きに流れるもの。それこそが人間の本質。
じゃあ、おじさんは何を言うべきなのか。
そう。答えは沈黙。
おじさんの口に戸を立てたところで終わっても良かったのですが、もうちょっと書きます。
まあ誰しもがわかってることで、やらなきゃ始まらないとか、努力しろとか、そりゃまあ当然の話しであって、でも現状もうそういう意識もない人とか、かつては頑張っていたけど諦めてしまった人とかもいっぱいいるじゃないですか。
なにもなしていなくても、明日は来る。そんな毎日の中で、本当に頑張らなきゃいけないことってなんなんだろうと私は思うわけです。
もしなにか、成したいことが明確にあるのなら、そりゃあもう全力で為すのが一番の近道なのは事実なんだろうけれど、そもそも本当に成したいことってなんですか、と。
それを十分に考えたうえで、自らを戒めるための言葉が「なせばなる」なんではないかと思ったささざめでした。