2022年公開当時、話題となった、団地サイコホラーをご紹介、そしてちょっぴり考察する。
紹介・あらすじ
卒業制作のため、有名肝試しスポットの廃団地へ。しかしそこには住人が。咄嗟に入居希望と嘘をついてしまい…
実話をモデルにした、団地で起こるサイコ・フォーク・ホラー。カルトホラー的要素も強い。公開当時は「考察型体験ホラー」として宣伝された。
・公式あらすじ
とある地方都市に、かつて霊が出るという噂で有名な団地があった…。
女子大生の史織(萩原みのり)は、元カレの啓太(倉悠貴)が卒業制作に撮影するホラー映画のロケハンに、興味本位で同行する。
啓太の現在の恋人・真帆(山谷花純)と3人で向かう先は廃団地。廃墟同然の建物を進む一行だったが、そこには今も住人たちがいた。
不思議に思いながらもロケハンを進めようとすると、突如激しいラップ現象に襲われる。
騒ぎが落ち着いたかに見えたその瞬間、優しい声をかけてくれていた住人の一人が、目の前でおもむろに階下へ飛び降り自殺を図る…。
状況を飲み込めずに驚く史織達をよそに、住人たちは顔色一つも変えない。何が起きているのか理解できないまま、その後も頻発する怪奇現象に襲われる史織たち…。
団地の住人たちは恐怖する3人を優しく抱きしめ、事態を受け入れることで恐怖は無くなると言葉巧みに誘惑してくる。
超常現象、臨死浮遊、霊の出現…徐々に「神秘的体験」に魅せられた啓太や真帆は次第に洗脳されてしまう。
仲間を失い、追い詰められた史織は、自殺者が運び込まれた建物内へ侵入するが、そこで彼女が見たものは、思いもよらぬものだった…!出典:映画「N号棟」公式サイト | 動画配信サービスにて Amazon Prime Video、U-NEXT、Netflix 他で配信開始!
感想(以降ネタバレ注意)
開幕からちょっといけ好かないやつらだなぁと思わせる演出が続く。まあこういうのはホラーの常套手段ですね。日本のキラキラ大学生とかになると、嫌悪感がより増すというだけです。
冒頭のやり取りもそこそこに、さっそくN号棟へ。以降は基本的にメインキャラ3人と団地の住人だけの登場。教授はちらっとだけ出てだけ、もっと物語に絡んだ来るのかなと思ったけど…。
第一村人、ならぬ第一住人の管理人さん(演:諏訪太郎)はやはり雰囲気バツグン。諏訪太郎さんの、このちょっと飄々とした雰囲気で一瞬心を許してしまうんだけど、でもなんか不穏で怖い雰囲気は唯一無二だなぁ。
色々あってN号棟に泊まることにする一行。そして歓迎会に。まあ色々と、いやそうはならんやろな展開が続くけど、まあホラー映画ですからね。
そして訪れる、団地発狂パニックシーン。なにかにおびえて暴れまわる人々、団地の廊下を走り回ったり、奇声をあげたり。いやあなたたちどこにいたの?っていうぐらいの大量の人々。住人の皆々様の迫真の演技が堪能できます。
ドアにバンバン挟まれてる倫太郎ママ。撮影しろ!とまくしたてる主人公。「は?」と声がでます。まあこの行動は「こいつらの演技・ヤラセだ!」と主人公が考えているからこその行動なのですが、初見だとなんやねんこいつってなります。
中庭のシーンは問題作。というのも、ここ、あまりにもミッドサマーすぎる。
住人みんなで空の下の食事会。微笑むリーダー。謎ダンス。もうすべての条件がそろっています。しかもダンスのクオリティがちょっと残念。この映画の「ミッドサマーっぽさ」が極まった瞬間だった。
なぜか倫太郎だけは気にかけてる主人公たち。部屋に入ると、壁から倫太郎の母親の顔が出てきて、「うわー!」じゃないよww
そして2回目の団地発狂パニック。壁に頭を打ち付けている人とかいていいね。でも大人数で発狂するって、バリエーション意外とないんだなと、気づかされるシーンでもある。
一度とらわれるも、なんとか逃げ出す主人公。遺体解体小屋に侵入してなぜか解体者を襲おうとする。いやなんだその行動原理!しかも容赦なくめった刺しにした上に、そいつを連れ出す。アホなんか!
最終的には、死を恐れる必要はないんだと諭されていく主人公。このあたりの話が、正直個人的に全く刺さらないので、詭弁だなぁと思いながらどうしてもみてしまう。主人公はメンタルやられてるので信じちゃうのですが。
考察型体験ホラーとはどういう意味だったのか
この作品の宣伝では「考察型ホラー」という言葉が使われている。
おそらくこれも、公開後様々な考察で盛り上がったミッドサマーなどのA24作品群などを意識して作ったワードだろうと思う。
ただ、個人的にはそれらの作品ほどの考察の余地が残されていたり、考察してみたいと思わせられる要素は多くないと感じてしまった。
何度もこの名前を出すのは憚られるのだが、ミッドサマーでは、各所に存在する絵やルーン文字、衣装や美術、各キャラクターの行動などに、作中では語られ切らない謎が含まれていて「実はこういう意味なんじゃないか」「こんなことを示唆している」などと考えを巡らせる余地があった。
私の好きなゲーム作品、SIRENでも、様々なオブジェクトやキャラクターから、物語に隠された背景やキャラクターの行動原理を探ることが楽しまれている。
一方、本作はどうだったかというと、普通に見ただけでは「そこに意味がありそう」と思える謎があまり思いつかないのである。
身体的交わりやダンスのシーンは、ただのオマージュでしょ?で終わってしまうし、遺体を解体(痛めつけてるようにしか見えない)してるシーンでも「やらされているだけで意味は知らない」という結果になり、その後この件を探るヒントも提示されていない(私が単純に見落としているだけなのかもしれないが)
もちろん、各要素を文字通り「考えて察しろ」というのなら理解できるが、世の中に溢れる「考察系の作品」というのは、作中に解き明かすためのヒントが存在していたり、あれってなんだったんだろうと不思議に思わせるワクワク感が必要だと思う。なんでもかんでもオープンにしろというのではなくて、娯楽として楽しまれるためには工夫が必要だという話だ。なんでもかんでも謎にすれば考察してもらえるわけではないのだ。
結果として、この作品は「考察で盛り上がってほしい」という目的が先行してしまって、謎をちりばめることだけに終始してしまい、鑑賞する側にそれを解き明かしたいと思わせるほどの訴求が出来ていないのではないだろうかと思った次第である。
それでも無理やり考察してみる
Q:N号棟って結局なんだったの?
A:「心霊スポットの廃団地」という情報があるのに、あんなに住人がいて、インフラも生きている環境。普通に考えて、行政が放って置くわけがない。しかも堂々と火炊いたりしてるし。というわけで、あの空間はすでにこの世とは隔絶された空間であろうと思う。おそらく、死生観的にあの環境に引きずり込めるマインドを持つ人間が近づくと入り込むことができるとかなんかそういうのだろう。
Q:なんで元カレとその今カノはあんなに簡単に洗脳状態になっちゃったの?
A:いわゆる「ヨモツヘグイ」というやつだろう。あの世の食べ物を食べちゃうと帰れなくなっちゃうというやつだ。取り込まれる前には団地の飲食物を口にするシーンがあからさまに挿入されている。
Q:団地で起きている現象はなんなの?
A:普通に心霊現象。ママの顔が壁からニュンって出てくるし。実はやっぱりあいつらが自作自演してるんじゃね?…なんて考える余地があると面白いのだけれど。
Q:主人公は最後どうなってんの?
A:もともと「死ぬのが怖くて生きるのが辛い」という意識を抱いていた主人公。「死んでもずっと一緒だよ」という言葉に諭されて、N号棟の住人となることを選んで、みんなを刺して自分も刺す。この時点で、肉体的にも死んでいると思われる。それ以降のシーンでは、現世にもどるが、ここではもう肉体は存在していなさそう(教授の部屋に行ったとき、助手の人と会話しておらず、助手はイヤホンで電話しているだけという描写)
なんで一度家に帰ったのか、教授のところに寄ったのかは謎だけど、物語的な現世との離別を表現したかったのかも。
Q:教授はなんだったの?
A:この映画一番の謎。それがこの教授という存在だと私は思っている。
序盤登場時は「私の講義で単位をとれば、死を恐れなくなる」なんて、とても哲学に関わるものとは思えない発言をする彼(というか、彼はいったいなんの科目を教えているんだ?)。最後に部屋に訪れると、彼は失踪していて、謎の図柄のメモが残されている。
このメモは、倫太郎の部屋に入ったときに見かけていた図形に似ているので、おそらく倫太郎パパ=教授だったという話なのだろう。ただ、このつながりに気づいたところで、「だからなに?」という感覚が強い。別に、教授がN号棟に誘導したわけではないし、物語的に重要な役割をになっていたわけでもないからだ。
彼は、(この物語で主人公を除いて)唯一、N号棟と現実世界の両方に関係のある人間だった。
じゃあ教授がいつ死んだのか、とか、なんで講義やってたのか、とかそのあたりの謎を考えだすと、キリがない。というか納得のいく答えが思いつかない。
やはりこういう存在は物語を破綻させる恐れがあるという教訓のキャラクターだ。
なんだか消化不良に感じる作品だった。次は団地ホラー繋がりでクロユリ団地でも見てみたい。
追記:他の方の考察記事を読んで
執筆後、他の方の考察記事を読んでみると、なるほどそういう見方があるのか、と納得できるものがいくつかあった。
中でも、肉球どろんさんの記事では、本映画を徹底的に考察されているので、もし本格的な考察が読みたければこちらを見るべきだろう。
なるほど、ちゃんと「考察型」してたんだな……と、少し反省する。いやでもやっぱり良い映画とは言えないが。
・団地の出来事はすべて主人公の脳内世界という話は理解できるけど、物語としてはやっぱり受け入れがたい……