2012年公開。映画『スウィング・オブ・ザ・デッド (原題:The Battery)』を紹介・レビュー。
あらすじ
ゾンビ達で溢れ荒廃した世界で生き残る野球大好きコンビのベンとミッキー。
どこかにあるはずの安楽の地を目指し、車で旅を続けていた。
一見お気楽なキャンプ旅行。時には釣りをし、気分転換にキャッチボールをする。
人家をみつけると、勝手に入り込んで食料や必要な物資を補給する。
そして時々、ゾンビと遭遇する他は誰にも出会わない…。ゾンビ殺戮にも慣れて気ままな生活を楽しむ野性的なベンと、以前の平安な世界が恋しくてたまらない神経質なミッキー。
ある日、たまたま拾ったトランシーバーの無線で、どこかに生存する女性の存在を知った二人がとった行動は―。
紹介
2012年公開。ジェレミー・ガードナーが監督、脚本、そして主演を務める、低予算インディーズ映画。制作費はなんとたったの6000ドル。
そんな低予算で作られた映画でありながら、数あるインディーズゾンビ映画の中でも傑作(masterpiece)だという声もある程の人気のある作品だ。
ただし、一方でゾンビ映画を謳っていながらも、そのゆったりとした作風や、ゾンビらしい攻撃的で鮮烈なカット、悲惨な光景や迫真のバトルのようなものは殆ど描かれない。そのため、ゾンビ映画らしい映画を期待する人々からはかなりの批判を受けているのも事実である。
邦題はスウィングオブザデッドと、まさにそういう「ゾンビ映画らしいタイトル」にしてしまっているために、タイトルから想像される内容とその実際のところというのがかなりかけ離れている。確かに、ゾンビ映画好きは引けるタイトルかもしれないが、これはあんまりなタイトルだと個人的には感じる。 #クソダサ邦題 の一種だ。
原題のThe Batteryが指し示す通り、主人公の二人は投手と捕手というバッテリーの関係。友人らしい友人と言えるほどの距離感でもなく、しかし仲間ではある。そんな微妙な二人のバディが繰り出す、ロードムービーを楽しむことが出来る一作だった。
以下はネタバレあり感想です。ご注意ください!
退廃的ながら安らかでゆったりとした空気感
上述のとおり、最初見始めたときには、そのタイトルからして、ショーン・オブ・ザ・デッドのようなコメディゾンビ映画なのだろう、とか、タッカーとデイルのような雰囲気七日もしれないとか考えていた私だったが、冒頭10分も見ればどうやらそうではないらしいということに気づいた。
一つ一つのカットが非常にゆるやかで、静かなのだ。ところどころにくだらなくて、緊張感に欠けた雰囲気があって、心地よい映画だとおもった。
途中頭に思い浮かんだのは、『少女終末旅行』という作品だ。退廃的で、終末世界を可愛らしい女の子2人がゆるやかに旅する話だ。本作にも、やや近しい雰囲気を感じてしまった。絵面は汚いのだが。
シナリオ的にも、起伏は小さく、最後の30分間はずっと1シチュエーションに閉じ込められることになる。低予算映画らしい規模感によるものだが、これらを受け入れられない人達には苦痛だったかもしれない。私は、映画の持つ魅力を最大限に引き出していると感じた。
くだらないシーンも良い
世間的に一番評価されている、というか言及されているのは、女ゾンビを見て主人公の男がオナニーをするというシーンだ。なんとも間抜けで滑稽で、でも確かにアノ環境だったらそういうので興奮するのも仕方ないだろうなという説得感もしっかりあって、なかなかにナイスなシーンだ。
こういうバカみたいなくだらなさが楽しめるのは、やはり映画の持つ空気感だろうと思った。シリアスな映画ではもちろんダメだし、ギャグ特化な映画だと多分そのままモノを噛み切られてウギャー!なんてシーンになっていたと思う。本作では、ただそういう状況に陥って、相方に見られて爆笑されるだけだ。見ているこっちがあちゃぁとおでこに手を当ててしまう、それくらいのリアクションで終わる。そこが心地良いと私は思う。
この他にも私が好きだったのは、移動手段となる車を手に入れるシーン。車の中にいたゾンビを倒し、車を手に入れるところまで1カットで撮られているシーンだ。
主人公が車に乗るやいなや"Oh my god!" "Stinks? (臭う?)"なんて、くだらない掛け合いが行われる。大したことない会話だが、映画のもつゆるさがうまく発揮されている瞬間だと思った。
絶妙な関係性を彩る最高のBGM
本作で多数評価されているのが、サウンドトラックの良さだ。私も、映画を見ていて久々に、すぐに映画のOSTがないかと調べてしまったほどだ。
映画全体で使われるBGMは、おそらく、主人公の一人がずっと持っている音楽プレイヤーから流れる音楽であるのだと思う。だからこそ、映画の劇中BGMというよりも、ちょっとリアルな、誰かのプレイリストをそのまま聞いているような感覚なのだ。
どれもこれも素晴らしくはあるのだが、一番の立役者はRock Plaza Centralというバンドだ。
主人公に訪れた束の間の休息で使われるAnthem for the Already Defeatedはメチャクチャ洒落ているし、その瞬間のキャラクターの心情と完璧にマッチしている。ヤケクソに踊る男と歌声が完全にシンクロするシーンが堪らない。
そして、映画終盤で流れるのが、We've Got a Lot to Be Glad Forだ。
この曲が流れた瞬間、私は心が震えた。ああ、なんていい映画なんだと心の底から思った。
映画の終盤30分間は、車の中にキャラクター達が閉じ込められた状態で進んでいく。どんどん死に近づいていく二人が、ようやく動き出すも、訪れる解放というのはあまりにも悲しい形だった。そしてその感情の爆発の後に流れるWe've Got a Lot to Be Glad For(俺たちはもう喜びを沢山持っている)。
この曲が流れることで、映画の中では描き切られなかった二人の関係が伝わってくる。そこには深い絆があった。そして、別れを乗り越えて復讐へ立ち上がる主人公の姿がまぶたに焼き付いたまま映画は終わりを迎える。
正直に言うと、私はこの映画は、最後のこの曲を聞くためだけに存在すると言いたくなるほど、突き刺さってしまった。
まとめ
低予算で、シナリオ的にもゆるやかでフックは少ない本作。否定的な声も多い一方で、傑作だとか、過小評価だと擁護する声も多い。かくいう私としても、この映画はまさしく傑作だと感じた。見終わったあとの脱力感と、凄いものを見たぞというあの感覚はなかなか味わえるものではない。
もちろん、映画として弱い部分もかなりあるため、これが楽しめるかどうかは人を選ぶところが大いにあるだろう。ただ、もし楽しめる素養がありそうだと感じる人がいれば、是非視聴してみてもらいたい。そんな一作である。